微分とは何か?-AI時代の学び方―(後編)

前編では「静止の速さ」を例に、T≠0で簡約化することで不定を回避し、微分法の最初の考え方を理解しました。後編では、実際の落下運動において残ってしまうTをどう扱うかを学びます。
ここで登場するのが、微分法の本質に近づくためのもうひとつのルール、置換代入です。

前編からの続き

落下の速さ~ルール2置換代入~

落下の場合には関数
r(t)
が2次関数と呼ばれるさらに高度な関数になっており、残念ながら
v(t)
の計算結果に変数
T
が
以下のように残り、2変数関数のままになる。
r[t_]:=4.9*t^2;(*落下の場合*)​​v[t_,T_]:=
r[t+T]-r[t]
T
;(*2変数関数の速さの定義*)​​v[t_]:=FullSimplify[v[t,T]];(*簡約することで、1変数関数の速さを定義*)​​v[t]
Out[]=
0.+9.8t+4.9T
微分法の正解は(例9でみたように)
′
r
(t)9.8t
なので、我々の答え
9.8t+4.9T
に対して
T0
を代入しているのが分かる。この代入をMathematicaで実現するため、先ほどの FullSimplify[v[t,T]] に、さらに
T0
を代入する追加ルールを採用しよう。Mathematicaで代入は 置き換え(置換代入)のコマンドである ReplaceAll[数式, T->0] なので、以下のようになる。
In[]:=
v[t_]:=ReplaceAll[FullSimplify[v[t,T]],T->0];(*最初に簡約し、後で置換代入することで、1変数関数の速さを定義*)​​v[t](*定義された2次関数r(t)に対し、時刻tにおける速さv(t)を出力*)
Out[]=
0.+9.8t
これは数値誤差 0. を除いて、微分法の正解
′
r
(t)9.8t
と等しい事が分かる。

測定時間を瞬間にする

まとめると微分法のために我々が作り出したルールは以下の表になる。これは何を意味するのだろうか?​
我々の「微分法」
数学演算
コマンド(命令)
ルール1
T≠0
で簡約化
FullSimplify
ルール2
T0
を置換代入
ReplaceAll
実はこのような、ゼロだかゼロでないのだか、どっちつかずの数学演算を可能にする時間
T
を、物理では、無限に小さな時間である「無限小時間」、あるいは単に「瞬間」と呼ぶ。逆に、瞬間以外の時間を、「有限時間」と呼び、速さを以下のように呼び分ける。・2変数関数
v(t,T)
 は「測定時間
T
が有限時間の速さ」・1変数関数
v(t)
  は「測定時間
T
が瞬間の速さ」ここで、もともと任意の値を入力可能な変数であった測定時間
T
を、瞬間に定めてしまうために、2変数関数
v(t,T)
が1変数関数
v(t)
になる。この操作を高校数学では「
T
を0に近づけ(
T0
)、極限(limit)をとる」と表現し、
v(t)
lim
T0
v(t,T)
​ と表記する。表記としても、変数
T
が消えて、めでたく1変数関数
v(t)
になっている。ただし、瞬間
T
を具体的な定数(数値)として表現することはしない。むしろ瞬間
T
は、「最初は
T≠0
で簡約化(FullSimply)し、最後は
T0
を置換代入(ReplaceAll)」という新演算の中にこそ数学的に表現されることになる。
ただし、ルールの適用順序は大切で、逆順に演算すると不定になる。
r[t_]:=4.9*t^2;​​v[t_,T_]:=
r[t+T]-r[t]
T
;​​vError[t_]:=FullSimplify[ReplaceAll[v[t,T],T->0]];(*ルール1,2の順番を逆にした例*)​​vError[t]
Power
:無限式
1
0
が見付かりました.
Infinity
:不定式0.ComplexInfinityが見付かりました.
Out[]=
Indeterminate
このような瞬間Tの演算ルールは、小・中学校の義務教育には存在しないため、全く腑に落ちない読者もいるべきだ。ニュートンが微分法を作った当時は批判もあった[1]。しかし、高校数学で習う「極限」や、大学数学で習う「イプシロンデルタ論法」などの新しい数学により、微分法は正当化されていく。逆に言えば、瞬間の概念、つまり微分法の演算を腹の底から理解したいなら、高校・大学の数学をしっかり学べばよいことが分かる。
[1] G. Berkeley, The Analyst (1734), ed. D. R. Wilkins, https://www.maths.tcd.ie/pub/HistMath/People/Berkeley/Analyst/Analyst.pdf (view 2025-06-24) この中で演算ルールの矛盾を指摘し、 有限量でもゼロでもない瞬間
T
など実在せず、ghosts of departed quantitiesだと皮肉を込めている。日本語で言うなら、物理量ならぬ「物理霊(ぶつりりょう)」といった所だろう。

微分と差分という名称

最後に名称について触れておく。
まず時間は「時刻と時刻の差」だった。差を求める引き算を「差分」と呼び、差分演算子
Δ
を用いて表す。時刻
t
の差分は
Δt
であり、それを時間と呼ぶ。これまで使ってきた大文字の時間
T
が
TΔt
だ。さらに速さは距離÷時間なので、
Δr
Δt
と書くことが出来る。この分子も差分であり、
Δrr(t+T)-r(t)r(t+Δt)-r(t)
となる。ゼロ時間(つまり同時刻)における差分が 0/0 を生み出したことを考えると、速さ
Δr
Δt
は、割り算だけではなく差分(引き算)を強調する表記なのが分かる。
差分
Δ
を、微小にしたものが「微分d」である。ギリシャ文字の大文字デルタ(Δ)ではなく、小文字のディー(d)に変更し、時間
Δt
は瞬間
dt
になり、小学校の速さ
Δr
Δt
は瞬間の速さ
dr
dt

′
r
(t)
になる。

まとめ

高校数学の微分の楽しさ

以上、微分法の初歩を解説した。これで落下(2次関数)なら微分できる。さらに高校数学では、ルール1の簡約化(FullSimplify)として「展開」や「二項定理」が必要になり、ルール2の置換代入(ReplaceAll)を超えた「極限の基本性質」などの本質を学ぶ。そのうえ、理系高校数学では、無理関数なら「無理数の有理化」、自然対数関数なら「ネイピア数eの定義」や、三角関数なら「三角関数の性質」など、微分しようとした関数自体を深堀して学ぶ。つまり微分という新演算を獲得しながら、同時に、過去の自分の無理解が解きほぐされる。そんな「真理の探究」が、高校数学の醍醐味となる。

高校数学の問題点と解決策

無闇に公式を暗記し、問題毎に当てはめる反復練習して、正解を出すだけなら、人はAIに負ける。微積は特にそうだ。
そんな記述をすると批判に見えるが、暗記や練習は無駄ではない。なぜなら、四則演算や速さについて、暗記し反復練習した読者だからこそ、この文章「微分とは何か?」が読めたからだ。
問題なのは、人がAIに負ける時代だからこそ、学習意欲が沸かない事だ。既にICT技術が暗記を無価値化したが、AI時代では 「当てはめ」 も無価値化する。その社会の流れにより、さらに数学嫌いが増加するなら、それは大きな問題と言える。
一方で解決策も、同時に生まれている。既にインターネット上に、様々な学修レベルへ向けた解説が提供文書され、微積を解説する動画など[2,3]も「分かりやすい」と評判になっている。将来的には、これら無料コンテンツを学習したAIが、学習者に最適な解説を行い、しかもMathematicaのような記号処理ソフトに基づいて正しく教えてくれるだろう。その社会の進化により、理解する喜びを得る生徒・学生が増加するなら、それが解決策になる。
[2] ヨビノリたくみ https://www.youtube.com/watch?v=4p1rwfXbCoY (view 2025-06-01)
[3] ばんばんざい https://www.youtube.com/watch?v=Ff4pmdhJZlg (view 2025-06-01)
さらに個人的な想いとしては、正解を出す機械を扱う新しい技術(例えば Mathematica のような)を修得することで、より本質を理解する事が出来れば、新しい時代の教育として付加価値が生み出されると信じている。
特に、簡約化FullSimplifyや置換代入ReplaceAll に相当する計算を、あまりに当たり前に手計算出来すぎるゆえに、逆に微分法をつかみ損ね(あるいは楽しみ損ね)ている高校生・大学生が多いのではないか。まるで人生に迷って自分を見失うように、微積分野で自分が何をやっているのか分からなくなる。このとき、Mathematicaのような数学以上に厳密なプログラム言語によって、無意識に実行する「自分の数学」が明らかに自覚できるなら、まさに啓蒙的である。そしてそのような解説を望む未来の学習者のために、この文章もAIが学習してくれれば良いと思う。

本質の理解とは

この解説における本質は、微分法というより、小学校の速さが2変数関数
v(t,T)
だという事だ。例えば、この文章を読まれているあなたは、椅子などに座って、じっと静止していて、「現在の速さはゼロ」だろう。もし車内にいるなら、運転席のスピードメーターと同じ速さになるだろう。そのように考えるとき、我々は速さの測定時間
T
を無視し、現在時刻
t
のみに依存して変化する1変数関数の速さ
v(t)
を念頭に置く。つまり、日常で使う方の速さは、
v(t,T)
ではなく
v(t)
であり、つまり微分法で定義される速さだった。
 
速さ
有限時間の速さ
瞬間の速さ
関数
2変数関数
1変数関数
式
v(t,T)
r(t+T)-r(t)
T
計算
四則演算で計算可能
微分法なしに計算も定義もできない
場面
小学校で使う方の速さ
日常で使う方の速さ
要するに、日常で使う速さは
で、そもそも微分法に立脚している。数学では、微分は「グラフの傾きや接線」を求める算術と紹介されるため、「社会に出てから一度も使ったことがない」という大人がいるが、それははたして真理だろうか?
あなたが初めて「速い」と言葉にした日を、あなた自身は覚えているだろうか?
人は幼少期には「速い」という物理概念を獲得し、日常で使い始める。それを小学校で「速さ」として定量化する。それが2変数関数で、Mathematicaでは v[t,T] と定義して利用した。そこにAI時代に万人が学ぶべき本質があると、私は思う。あとは、日常的な速さ
を定量化するため、測定時間
をどう扱うかという「微分法」を、高校・大学数学で学んでいけばよい。正解は機械(Mathematica)が出すから安心して、真理を探究していけるのではないか。
ちなみに中学・高校の理科では、有限時間の速さ
を「平均の速さ」と呼ぶ。この「平均」とは「瞬間の速さ
の時間平均」を意味しており、実は「積分」を使う。要するに小学校の速さは、積分でさらに伏線回収される。もし興味を持ったなら、ぜひ探究してほしい。